東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)2138号 判決 1966年10月10日
原告 播磨商事株式会社
右訴訟代理人弁護士 山田靖彦
被告 有限会社都本社
右訴訟代理人弁護士 江口高次郎
同 江口弘一
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、
第一次の請求として、「被告は原告に対し、金一、八三六、六七五円及び内金一、〇一二、〇〇〇円に対する昭和四一年五月一一日以降、内金八二四、六七五円に対する同年七月八日以降各完済までの年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として
一、被告は原告に対し、別紙手形目録記載の(一)ないし(三)の約束手形を支払拒絶証書作成の義務を免除して裏書し、同目録記載の(四)の約束手形を受取人の記載を白地にして振出した。
二、尤も、右の各手形行為を現実になしたのは被告会社の代表者矢部はるの息子訴外矢部滋であり、同人には被告会社を代表する権限はないのであるが、同人は、被告会社代表者からこれを代理して本件(一)ないし(三)の手形を裏書し、本件(四)の手形を振出すことができる権限を与えられていたものである。
三、仮に、訴外矢部滋が右の代理権を有しなかったとしても、同人は、被告会社が矢部一家のいわゆる同族会社であるところから、矢部家の長男として被告会社のなす取引殊に仕入、販売、代金の支払、及びこのための小切手の振出その他につき被告会社代表者を代理してこれらの事項を処理しうる広汎な権限を有し、かつ、右の取引行為をなすのに際して自らを専務取締役と称し、被告会社代表者においてもこれを承認していたのであるから、同訴外人のなした本件(一)ないし(三)の手形の裏書及び本件(四)の手形の振出行為をその相手方である原告が同訴外人の真正な代理行為であると信じたことに正当な理由があったし、又被告は同訴外人に対して右の代理権を授与している旨を原告又は一般の第三者に表示していたものというべきである。従って、被告は同訴外人のなした右手形行為に基づく責任を負わなければならないものである。<省略>。
被告訴訟代理人は、第一次及び第二次の請求に対し、いずれも請求棄却の判決を求め、答弁として、「訴外矢部滋に被告会社を代表する権限がないのは原告のいうとおりであり、第一次の請求原因事実のうち第四項の事実は認めるが、被告が右訴外人に対し被告会社代表者を代理して本件(一)ないし(三)の手形の裏書、本件(四)の手形の振出及び原告主張の売買契約の締結等の行為をなし得る権限を授与したり、又そのような表示をしたことがないのは勿論、原告主張のような基本代理権をも授与したこともないから、原告の請求はいずれも失当である<以下省略>
理由
(第一次の請求について)
本件(一)ないし(三)の手形の第一裏書人の表示として「有限会社都本社代表取締役矢部滋」との記載がなされ、本件(四)の手形の振出人の表示として「都本社矢部滋」と記載されていることは右の各手形自体によって明らかであるところ、訴外矢部滋に被告会社を代表する権限がないことは原告において自ら認めている事実であるから、右はいずれも被告会社の機関による行為であるということはできないけれども、殊に本件(一)ないし(三)の手形については、訴外矢部滋自身のためのものでなく被告会社のためにする行為の表示であると認められるので、同訴外人に被告会社の代表者を代理して右の裏書及び振出をなし得る権限があったか否かをまず検討する。
証人矢部滋の証言及び被告会社代表者矢部はる尋問の結果によれば、訴外矢部滋は、被告会社代表者矢部はる及びその夫訴外矢部長次郎の養子として、いわゆる同族会社に属するものというべき被告会社の業務に従事していたが、訴外清水卓三及び同佐藤諄等の事業上の便宜と自己個人の利益を図る目的で原告から無紙側標のマッチ等を買入れ、この代金支払のため被告会社の名称を冒用して本件(一)ないし(三)の手形の裏書及び本件(四)の手形の振出をしたものであることを認めることができる。この認定を覆えして、訴外矢部滋が前記の代理権を有していたとの事実を肯認させるだけの証拠はない。
次に、原告主張の表見代理の成否について判断する。<省略>各証言からすると訴外矢部滋は、実際はその地位にないのに、被告会社の従業員とか取引先の者から「専務」と呼ばれ、被告会社の取引上の行為を相当程度分担していたことが認められるが、他方同訴外人が被告会社のなす仕入、販売、代金の支払その他について一般的な代理権を有していたものではなく、これらの主要事項殊に支払関係については代表者の矢部はる自身が専らこれを掌理していたこと及び被告会社は多年にわたり代金の支払を主に現金で行ない、このことで業界における信用を獲得して来たものであることを認めることができるのであって、以上の各事実を綜合して考えると、訴外矢部滋が被告会社代表者を代理する何等かの基本代理権を有していたといえなくはないが、同訴外人のなした本件各手形行為の相手方である原告に、同訴外人がこれらの行為をなすべき代理権を有するものであると信ずるのに正当な理由が存在したと断ずることはできず、又同訴外人が前記のように「専務」と呼称されていたという事実のみをもって、被告会社が同訴外人に対して右の手形行為をなしうる代理権を授与した旨を原告又は一般の第三者に表示していたものと推認する根拠とするのには不充分であり、他に右の正当理由の存在もしくは代理権授与の表示の事実を認めるのに足りる証拠は見当らない。
従って、訴外矢部滋の真正な代理行為もしくは表見的な代理行為の成立を前提とする原告の第一次的請求はその余の判断をまつまでもなく理由のないものであるといわなければならない。
(第二次の請求について)
この点に対する判断は、第一次の請求に対する判示と同じである。<省略>第二次の請求も理由がない。<以下省略>。